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よい指導者の条件
A.なぜ少年指導に携わるのか
@「子ども好き」「スポーツ好き」
少年スポーツの指導に携わっている人、あるいはこれから携わろうとしている人は、基本的に「子ども好き」「スポーツ好き」であることに間違いはないでしょう。そうでなければ、多くの人がほとんど無報酬でウィークエンドの貴重な時間を少年スポーツに費やす、などということはしないはずです。
自分は昔は選手ではなかったけれど、何らかの形でスポーツとかかわっていたい、あるいは子どもとかかわっていたいと思う人が指導者やまとめ役になっています。
また、何年間かの選手時代を過ごしてきた人も、自分は大人や高校生の指導は向いていないが子どもなら好きだし、自分に向いている。そんな動機で少年スポーツに携わっているのではないでしょうか。
よく、スポーツの指導者はそのスポーツを経験した人でなければできない、などといわれることがありますが、そんなことはありません。
サッカーの世界の例でいえば、昔ブラジルのナショナルチームの監督に、ジョン・サルダーニャという新聞記者出身の人が就任しました。日本ではチームを何度も高校日本一に導いた、東京の帝京高校の古沼貞雄先生が陸上の出身です。
よい指導者とは、そのスポーツと指導の対象となる人間をこよなく愛し、この二つの存在についての勉強を積み重ねている人なのではないでしょうか。
A指導者自身の欲求を充足している
人間には、活動の欲求、集団を作る欲求、社会的承認の欲求などの基本的な欲求があります。
指導者は、指導の対象となる子どもたちのこうした欲求を満たしてやりながら、自分自身もそうした欲求に対する満足感を亨受している存在といえます。
よく指導者が、あいつはおれが育てたなどといういい方をしますが、欲求の充足という観点からいえば、スポーツという集団の中で、お互いがお互いの欲求を充足させることに一役買っているということができます。そういう意味からすれば、指導者と子どもの関係も命令→服従という縦のつながりだけではいけないことがわかります。
「少年サッカーの指導」著者 加藤 久 より
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