@うまくなれば勝ちたいと思うようになる
人間は様々な目的でスポーツを行います。ある人は健康のためにスポーツをやります。またある人は仲間づくりあるいはレクリェーションとしてスポーツをやります。自分はあの大会に出て優勝したい、自分はチャンピオンになるんだということを目的にスポーツをしている人もいます。
人によってスポーツを始める動機は違いますが、最初は健康のためとか楽しみでスポーツに携っている人でも、時がたち、そのスポーツに習熟してくると、“勝ちたい’’という意欲が芽生えてきます。
たとえば、ママさんバレーやゲートボールのようなスポーツは、こうした人間の傾向をよく反映しているように思われます。最初は健康作りや仲間作りを目的としていたものが、うまくなってくると、“試合をしましょう”“勝ちましょう”ということになります。ママさんバレーやゲートボールでは、あまりにも勝ち負けにこだわりすぎて弊害もでてきているようですが、投術が上がれば競技志向が強くなるというのは、人間の自然な傾向なのです。
A勝利至上主義がいけない
勝ちを求めるあまり薬物を使用したり(ドーピング)、他人を非難中傷したりする事件がマスコミをにぎわすようになると、勝つことがいけないような錯覚に陥ることがあります。しかし、決してそんなことはありません。
競扱スポーツは勝つためにやる、というのは当然のことです。少年スポーツでも競技(試合や大会)があれば、勝つために全力を尽くす、それが正しい態度です。
勝つためにスポーツのルールを無視すること、勝つこと以外は価値がないのだと考えることがいけないのです。こうした傾向は勝利至上主義といわれますが、どんなことをしても勝てばいいという態度は、やはり改められるべきです。
よく試合をして勝てなかったときに、”自分は今まで何をやってきたんだ”などといって、自分が一生懸命取り組んできた“過程’”までも否定してしまう人がいますが、試合までの準備(過程)をしっかりやってきた人は、たとえ勝てなくても過程まで否定することはないのです。むしろ、自分がやってきた“過程”をしっかりと見すえて、次へのステップの足がかりにすべきなのです。
B勝利追求をこう考えたい
(1)ベストを尽くした先に勝利がある
図は、勝利というものをこのように考えてはどうかというモデルを示したものです。
競技スポーツにおいては、勝つためにプレーするのは当然ですが、勝つためにまず自分のベストを尽くすことに全意識、全エネルギーを集中させることが大切です。
ベストを尽くした先に“勝利”がある。こう考えてはどうでしょうか。勝つことは大事だけれど、自分のベストを尽して勝つことのほうがもっと価値があるということです。
自分の能力や自分の特徴を冷静に分析して、そうした能力や特徴を100%発揮することに自分のプライドをかける。それが、ベストを尽くすということの意味です。勝利はその先にある。つまり自分の気力が充実し、つきや運が味方したときに勝利者になれる。究極の勝負とはそういうものではないでしょうか。
明らかに力の差がある場合にはベストを尽くさなくても勝てる場合がありますが、ベストを尽くさず勝っても満足しない。そういう人間を育てるべきです。
(2)スポーツは基本的に勝ったり負けたりするもの
競技スポーツに携わる人はだれでも、常に勝利者でありたいと願っています。しかし、勝利者であり続けるということは、スポーツの世界では至難の芸です。スポーツの歴史を見ても、そういう人物やチームはほとんどないといっていいでしょう。
こういう例がよいかどうかはわかりませんが、実力が桔抗しているチームが無限大で試合をしていけば、勝率はお互いに5割に近づくはずです。こういうチーム同士が勝率をどうやって6割にするか、あるいは7割、8割にしていくかで努力する。そういう過程がスポーツではいちばん大切なのです。
勝負は勝たなければだめだ、絶対勝てという発想がありますが、これは試合は勝率10割でなければならないという考え方です。客観的にみて勝つ確率が2割程度のチームに10割を期待するのは酷です。しかし、5割を目指すのは可能です。勝率10割では失敗は許されません。こういう考え方では、失敗したらどうしよう、負けたらどうしようと、不安が先に立ってしまいます。少しでも勝率を上げる。そのために自分の持っているものを存分に発揮する。そのような取り組みが必要なのです。